Stay Positive プログラミング奮闘記

誰かしらに何気ない気づきを!



脳死と臓器移植について高校生が考えてみた

こんにちは!小林です。

今回はですね〜だいぶ深い話題について記事を書きます。

 

まあ、そんな硬くならず読んでみてくださいな!

脳死とは?

ヒト脳幹を含めたすべての機能が不可逆的に回復不可能な段階まで低下して回復不能と認められた状態のことである。

ただし国によって定義は異なり、大半の国々は大脳と脳幹の機能低下に注目した「全脳死」を脳死としているが、イギリスでは脳幹のみの機能低下を条件とする「脳幹死」を採用している。

日本では、脳死を「個体死」とする旨を法律に明記していない。

脳死 - Wikipedia

 

 国によっても定義が違うのですが、日本では大半の国々と同様に脳幹を含む全体の機能が,不可逆的に停止した状態を言います。

 

脳の機能が失われてしまって,今後回復が見込めない状態。

心臓は動いていても,脳幹と呼ばれる脳の中枢が働かなくなった状態で,多くの場合10日ほどで心臓も止まって死亡に至る。

「脳の機能が失われてしまった状態で,今後回復が見込めない状態です。心臓は動いていても,脳幹と呼ばれる脳の中枢が働かなくなった状態で,10日ほどで心臓も止まって死亡に至流。

法やガイドライン1で決められた要件を満たした,複数の医師による脳死判定で決められる。

43.脳死(のうし) - 「病院の言葉」を分かりやすくする提案

 脳死についての言葉はよく知られていますが、その定義はなかなか難しいですし、国によっても違いますし・・・

 

調べていると植物人間という単語も出てきたので、違いについてもっと詳しく→

 

植物人間とは? 

脳死と植物人間とあんまり意識して使い分けるのも難しそうです。

ということで調べてみます。

遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)とは、重度の昏睡状態を指す症状。

植物状態(しょくぶつじょうたい)といわれる状態のこと。持続的意識障害、持続的植物状態(: persistent vegetative state)ともいわれる。

遷延性意識障害 - Wikipedia

 遷延性意識障害って言うんですね〜知らなかったです・・・

 

つまり

脳死は脳の大脳はもちろん他の脳幹や小脳の全てが働かない状態ですが、植物人間は、大脳は働かないですが、脳の中の「脳幹(のうかん)」や「小脳(しょうのう)」と呼ばれる部分が働いているので、そこから心臓(しんぞう)に命令(めいれい)を出して、自分で呼吸したり、血液をからだじゅうに送ったりすることができます。

 

図で見た方がわかりやすいですよね〜ということで引用します 

https://www.jotnw.or.jp/studying/kids/basic/img/ill-brain_heart01.gif

日本臓器移植ネットワーク | まなぼう!臓器移植のこと | 臓器移植の基礎知識 | 脳死・心停止とは

 

なるほど〜っと基礎知識を入れたところで

脳死についてどう考えるか? 

自分がもし脳死になったら・・・ということを考えたのですが、

脳死になったらそもそも考えられないので、自分の意思もなくなり、それを相手に伝えるということも出来なくなります。

脳が動かない状態であって他の臓器は動いてます。

だから生きていると思うかもしれないんですが、生きているというのは個人的には、自分の気持ちがあり・体を動かし・呼吸し・・・

といった当たり前の人間としての行動が出来ることだと思うんです。

 

 

しかし、家族は死を受け入れ難いと思います。

だって触ったら温かいんですし(機会で繋がれていますが、、、)心臓の鼓動も機械をつけたら動いています。

しかし、その状態から生き返って今まで通りの生活が出来るかと言えば・・・

脳が生き返る可能性は極めて低いです。

 

だから、高額な医療費を払い延命措置をしている方も中にはいらっしゃいますし、

その気持ちは十分に分かるんですが、本人はもう気持ちを考えられません。

つまり、周りの家族が生かしているわけです。

周りの意思だけでたくさんの管に繋がれてずっと寝たままの生活を送る。

脳死している本人のため死なす訳にはいかないと思っているかもしれませんが、

実際には、その家族が生かしたいという気持ちがあるんです。

 

その本人にとって延命措置をして寝たままの生活をするのが果たして幸せなのかを本人に代わって考える必要が、その家族に必要だと思います。

 

人によって生きる定義というのは違ってくるんですが、私個人としては脳が働く状態ではないと生きているとは、言い難く、延命措置をずっと行うのはその本人にとっては、幸せではないという結論に至りました。 

植物人間だったら・・・

植物人間だったら、私の見解はだいぶ変わります。

植物人間は大脳が働かなくなっているだけであって、自分の気持ちは考えられないのですが、呼吸したり、時々ピクッと動いたりします。

こうなると、生きていると目に見えてわかります。

 

また、植物人間だと脳死とは違い、回復する可能性があるんです!

そうなると、微かな希望を感じて入院させる家族も脳死の場合よりも多くなると思います。

だから希望を捨てずに頑張るのもアリですが、ずっと粘るのもどうかなと正直思います。

臓器移植について

また、意識があるうちに自分の意思を保険証の裏に臓器提供について記入する所があるので記入しないと・・・

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日本臓器移植ネットワーク | 臓器提供について | 意思表示の方法

  1. 脳死・心臓が停止した死後に提供する
  2. 心臓が停止した死後だけ提供する
  3. どちらも提供しない

の3択なんですが、脳死と心臓が停止したという項目があります。

脳死を死とみなすかどうかは人によって感じ方が違うということが、この2つの項目になっていますね。

こういった自分の脳死に対する意思表示をするべきだと感じました。

 

まとめ

脳死であったとしても、他の臓器を提供することで自分の形見が他の人の命に役だつのであれば、それもそれで一つの大きな選択です。

 

臓器移植をされてもう一度命を宿すそんな役割に回ったと考えるのであれば、

遺族の気持ちも軽くなるでしょう〜