Stay Positive プログラミング奮闘記

誰かしらに何気ない気づきを!





「食べれる」って間違い?文法的に考えてみた

突然ですが、

「食べれる」ってOK??

実は、文法上間違いなんですね

詳しくは後ほどー

 

では、「走れる」ってOK??

実は、こっちは文法上何も間違ってないんですね

 

何でちゃうねん!

 

今にも聞こえてきそうですね!

ということで詳しく説明していきます(自分の備忘録のためにもですが・・・)

 

何で食べれるってダメなん?

現在の会話では通じますが、現代文の文法上は間違いです。

日本語を勉強している外国人に違うぞ〜って言われるかもしれませんね!

 

正解は、「食べられる」って言いますね

「食べる(バ行下一段活用動詞)」+「れる・られる(助動詞)」なんですが、

「食べる+られる」となるわけです。

「食べる」に「ない」をつけて未然形にすると活用形がわかりますよ〜

 

「食べれる」というのは、可能動詞という一つの文節として使おうとしています。

しかし、可能動詞にできるのは五段活用動詞でしかできません。

 

よって、「食べれる」とは言えません。

 

「走れる」はOK!

「走る」はラ行五段活用動詞なので、可能動詞にすることができます。

よって、「走れる」と言えるんですね〜

  

ちなみに

助動詞の「れる・られる」は可能、尊敬、受け身、自発の4種類ありますが、

可能動詞になると、可能の意味でしかありません(名前の通り)

 

なぜそんなに文法上間違っているのに、「食べれる」って言ってるの?

 外山 滋比古 さんの「傷のあるリンゴ 」 という本の中に少しだけ言及されてましたので、紹介しておきます。

booklive.jp

 

少数の正義

「赤信号、みんなで渡れば、こわくない」は名言である。

デモクラシーの影を諷刺している点で、これほどおもしろい言葉はないと言ってよい。

正しいこと、不正なことは、絶対的で、いついかなる場合も、変わらないように、我々は教育されているが、少し現実離れしている。

正義、不義というのは社会的な概念で、相対的であることを、我々は社会生活をしている間に体得する。

 なかなか難しい言葉も出てきましたが、

デモクラシー(民主主義 democracy)の諷刺(遠まわしに社会・人物の欠陥などを批評すること)しているというところも印象的でしたが…

簡単に言うと、

社会で生きていく中で、相対的であることを生活していくうちに分かっていく

ということなんですね!

そのような概念をもっと追求していくと

かつては強者は少数、あるいは一人の支配者であったが、社会が発達して、デモクラシーの社会になると、強者は、一般の人々の選出する代表に移るので、多数が力を持つ。

デモクラシーは多数決の原理で動くということだ。

「 かつては強者は少数、あるいは一人の支配者であった」つまり王政や将軍などが政治を握っていて、その人が言うことは絶対!でしたが、

民主主義では、強者は、一般の人々の選出する代表に移理、多数の方が力を持つという縮図が出来上がりました。

 

実はこれが「れる・られる」という「ら抜き言葉」でも同じことが言えるんです。

 

「野菜が食べられる」と言うべきところを「野菜が食べれる」と言う人が現れる。

それが少数派である間は誤用とされるけれども、少数の人がそれにめげず、使い続けていると、やがて多数の力を持つようになり、

多数の力は正義に通ずるようになって、少数の正義がいくら抵抗しても「食べれる」が通用するようになってしまう。

 

最初は「ら抜き言葉」は少数の誤用であったが、戦後になって勢力が増して、多数派の寛容になるに及んで、御用と決めつけられなくなった。

国語審議会でも認めざるを得なくなった。 

 

 良いように捉えれば、

最初は少数派でも何か訴え続ければ、だんだん多数派になり大きな勢力になるということ。

上手く使えば、人や世間をも惹きつけられるということですかね!

しかし、悪い方向に流されていくと

思いがけない悪事を大衆で働くことになるのかもしれませんね!

(ニュースでもありますな・・・)

 

「ら抜き言葉」もそうやって最初は少数派の間違った使い方で、無視できたんですが、だんだん使う人が増えてきて、多数派になって、国語審議会も認めざるを得なくなったところまで拡大しているということです。

 

言語って使うものだと思うので、新しい使い方や、新しい言葉が増えても(外来語など)いいと思います!

だから、「多数派」の意見を取り入れるのもアリだという率直な感想を持ちました。

 

しかし、現代の日本人(特に若者)は、「美味しい」も「楽しい」も「悪いこと」も全て「ヤバい」で済ましてしまうのも如何なものなのかと感じています。

そうすると、感情を事細かに伝えるということが出来なくなるため、国語力が落ちてくる懸念があります。

 

まとめ

もうちょっと追記します、、、

ちょいお待ち 

追記しました!

 

今回は、ら抜き言葉について語ってみましたが、言語の変容について深掘りするのも面白いですね!